足尾鉱毒事件 6
第三回押出し
かくして沿岸人民が 
命の親と頼みたる
渡良瀬川のその水に
毒注がれて絶え間なく
沿岸田畑に殺到し
財産権利を奪い去り
なおあきたらず沿岸の
人跡絶えなんいきおいぞ
第三回押出しの参加は約1万人。しかし、警官隊が出動し行く手を阻みます。体調を崩していた田中正造はその知らせを受け2日間飲食なく歩き続けてきた農民達のもとに駆けつけました。東京府南足立郡淵江村(現、足立区西保木間1丁目)の氷川神社に集っていた約2500人に向かって正造は演説をした。
「今日ノ政府ハ諸君ノ政府ナリ、又我々ノ政府ナリ」
「ヨツテ我々ハ諸君ニ代テ政府ニ事実ノ説明ヲ採リ諸君ノ請願ヲ計ルベシ」
つまり与党になった正造は、「大隈内閣は我々の政府だ。」「諸君の願いは聞き入れてくれるはずだ」だから総代を残し帰ってくれという相談をしたのだった。そしてもし中央政府がこの請願を聞き入れなかった時は、
「其ノトキ諸君ハ此事ヲ通知ヲ得バ御出京モ御随意ナリ、正造ハ再度決シテ御止メ申シマジ、否ナ啻(ただ)ニ御止メ申サザルノミナラズ其時コソハ正造ハ諸君ト共ニ進退スベケレバ、夫(そ)レマデ今日死ヲ決シタル生命ヲ保タレタシ」
と結んでいる。つまり「もし政府が言い分を聞き入れなければ、その時は自分が押出しの先頭に立とう」という内容だ。この演説を聞いて憲兵隊や警官隊は涙を流したという。 しかし被害民の野口春蔵は立って上京決行を主張し、また憲兵の暴状を訴えたのだった。結局代表者が神社裏手で相談し、正造の申し出に応じ50名を残し農民達は帰っていった。
総代の50名は各大臣に面会を求めたが、実際に面会したのは大石農商務大臣だけだった。この時の憲政党は日本で初めて政党政治を実現したばかりで、大臣などのポストを巡って争いが繰り広げられていたのである。結局、憲政党の政治は分裂し4ヶ月という短い歴史に幕を下ろしたのである。この間、一度も本会議は開かれなかった。
非命の死者
足尾鉱毒事件が起きて10年。次第にこの問題は過去の事件として扱われていく様になりました。中には村を出て行く人達もおりました。しかし農民や正造は請願運動を続けていきました。鉱毒により生まれてくる人数より死者の数が上回り1064人もの人口が減っていきました。死産が増え、出産率は3分の2。死亡率も全国平均の2.5倍、正造は寿命をまっとうできずに死んでいった人達の為にも仇討ち請願をしようと農民達に呼びかけます。
第四回押出し 1
政府への強い不信感を持ち始めていた正造は、被害農民達がまとまって行動しなければ鉱業停止という目的は達成できないと感じ大規模な押出しを計画します。
1900年(明治33年)2月13日。明け方、雲竜寺の鐘が打ち鳴らされました。
この押出しの時に農民達により歌われたのが冒頭で紹介した「鉱毒悲歌」である。
鉱毒悲歌
抑(そもそも) 渡良瀬水源は 遠く流れを足尾より
関八州の沃野をば 貫き渡りて六十里
機業に名高き桐生町 足利佐野に館林
其他沿岸村々は 皆此河の賜ものぞ
頃は明治の三 四年 渡良瀬川の水源に
採鉱業のありしより 晝猶暗き足尾山
野火烟毒と濫伐に 雨露湛ゆる力なく
降る雨毎の洪水は 岩石崩れ砂流れ
かてゝ加はへて流毒は 渡良瀬川をかき濁し
其害いとゞ著しく 魚介の類は云ふもさら
沿岸田畑を害されて 芝蘆竹や木の根迄
枯れて堤も岸もかけ 今は河身も荒れ果てゝ
少しく水嵩増す時は 両岸堤はかけ破れ
見渡す限りの良田は 皆毒波に浸されて
家屋人畜流亡し 田畑に一穂の稔りなく
家に喰ふの粟もなく 見るも哀れの枯れ野原
嗚呼我々の祖先こそ 皆渡良瀬の賜ものに
斯くも賑ひたるものを 斯くも尊き渡良瀬川
濁り濁りて今は将(は)た 人の体も毒に染み
妊めるものは流産し 育む乳も不足なし
二つ三つ迄育つるも 毒の障りに皆殪(たお)され
又悪疫も流行し 悲惨な数は限りなく
時の政府へ歎願も 悪人輩(ばら)に遮られ
九年の長き其間 今に清めぬ渡瀬川(わたせがわ)
時の政府へ歎願も 費用に今はつかれ果て
親子は非命に殪されて 今に清めぬ渡瀬川
親子は非命に殪さるゝ 早く清めよ渡瀬川
時の政府は何故(なにゆえ)に 斯くも我等を虐(しいた)ぐる
嗚呼我々は身の為と 人の為には死を恐じず
嗚呼我々は土地の為 国の為には死を恐じず
嗚呼我々は憲法を 守る為めには死を恐じず
時の政府は何故(なにゆえ)に 斯くも我等を虐ぐる
早く清めよ渡瀬川 清めて死人の処置をせよ
清めて我等を殺すなよ 清めて我等を殺すなよ
嗚呼我々は皇帝(おうぎみ)の 愛し賜はる国民(くにたみ)ぞ
早く清めよ渡瀬川 早く清めよ渡瀬川
慈悲と徳義と義侠とを原(もと)とする我が四千万同胞よ
我々を憐み救へたまえ 憐み救へたまえ
《鉱毒被害惨状乃悲歌》 悟毒海居士述
足尾銅山
荒廃した渡良瀬川沿岸
次回更新に続く
足尾鉱毒事件目次
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